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○西岡武夫君 私の持ち時間は十四分でございますので、初めに委員長にお願いがございますが、これまでにもこの委員会で国立大学の独立行政法人化についてのまとめた御議論が当然あったことと思いますけれども、ぜひこの国会中にこの問題を中心とした集中的な審議の時間をもっていただきたいということを、理事会でご検討いただきたいということをまずお願い申し上げたいと思います。
そこで、限られた時間でございますから、大臣に、私はマル・バツ式は大嫌いでございますけれども、時間が限られておりますので、大体イエスかノーか、あるいはそうではない、この三種類でお答えいただきたいと思います。
義務教育の問題につきまして、私も文部省で仕事をさせていただいて常々感じていたわけでございますけれども、行政の責任というのは一体だれが持っているのか。義務教育について最終責任はだれが持っているのか。少なくとも私の経験では文部大臣は持っておられない、持っていない。そうすると、どこに存在するのか。これだけ大きな教育問題が起こってきている中で、学級崩壊などはその大きなの一つの例ででございますけれども、義務教育についての教育行政について責任の所在がどこにあるのかということを大臣はどうお考えか。文部科学省は少なくとも私はないと思いますけれども、大臣の御認識を承りたい。
○国務大臣(遠山敦子君) イエス、ノーでとなかなか答えにくいのでございますけれども、やはり一番の基本、国の基本、国民にとっての一番の基礎を学ぶ義務教育につきましては、これは国あるいは地方公共団体がそれぞれの責任を果たしながら、互いに協力をして責任を果たしていくべき問題と思います。
簡単に申し上げますと、国は、教育の機会均等を図る、あるいは全国的な教育水準の維持向上の観点から基本的な制度の枠組みについてあるいは基準の制定を行う、そして地方公共団体に対して財政的な援助なりあるいは指導、助言ということを行っていきますし、地方公共団体は、学校の設置者としての場合もございましょうし、それから各種の事業の実施主体ということで、それぞれの学校あるいは地域の創意工夫ある取り組みを支えて地域に根差した主体的かつ積極的な教育行政を展開していくということで、義務教育についての責任というのは私自身はそのように考えているところでございます。
○西岡武夫君 文部大臣には最終責任はないということですね。
○国務大臣(遠山敦子君) 私自身、個人としては、義務教育なり教育のあらゆる問題について私は責任を持って取り組んでまいっております。責任感を感じると申しましょうか。
○西岡武夫君 制度としては、当然行政につきまして責任と権限というものが一体でなければ責任を果たせないと思うんです。ところが、教育行政につきましていろいろ考えておりますと、教育委員会自体も、皆様方御承知のとおりに、教育委員は教育長だけが常勤して、あとは非常勤だと。財政は、知事がその財政の権限は持っている。したがって、教育行政についての責任の所在は最終的にはどこにも存在しない。
問題が起これば文部大臣だけが責め立てられるわけですけれども、しかしそれを果たすだけの仕組みになっていないということを大臣はお認めになりますか。
○国務大臣(遠山敦子君) それは何か端的なイエス、ノーで答えられるような御質問ではないと思います。恐らく、西岡先生は大臣の御経験もあり、各種のいろんなご経験を踏まえられて、何らかのうんちくあるお考えのもとにの御質問かと思っております。
しかし、先生もいみじくもおっしゃいましたように、あらゆる問題が起きるとやはり文部科学省ないし文部科学大臣の責任やいかんという形で降ってくるわけでございまして、その事柄の、先生のおっしゃるところの責任ということの趣旨がいささかちょっとわかりにくい点がございますけれども、私はこの問題については、国として、あるいは地方公共団体、教育委員会、そういうふうなところがそれぞれの責任を果たしながら、あるいは法令上定められた権限に基づいて行政を行っていくことでそれぞれの責任を果たしてまいる、そういう総合的な制度であるというふうに考えております。
○西岡武夫君 別に私は意地悪いことを申し上げているのではなくて、私は常々、最終的には文部大臣が常に問題が起こるとその責任を追求される。しかし、それを果たすという権限を最終的には持っておられない。持っていない。そのはざまの中で、それはだれが持っているのかと。
私は、昭和五十一年か二年でございましたか、予算委員会で質問をしたんでございますけれども、教育委員会制度というものを前提にするならば、教育委員、少なくとも都道府県の教育委員は常勤でおられるのが当たり前の話ではないだろうかと。非常勤という形で教育行政に責任を負うということは、これは不可能だと。しかも、財政的には知事部局がこれを持っている、責任を持っていると。しかし、教育の問題が起こりますと、それぞれの地方自治体の議会で答弁するのは教育長だと。
何だかじゃんけんぽんみたいな形で、どこに権限が存在しているのかわからないという、そういうもたれ合いの形というあり方を改める必要があると私はかねがね思っているわけですけれども、その点についての大臣の御見解を承りたい。
○国務大臣(遠山敦子君) 教育委員会をどのように考えるかということについての西岡委員のお考えを披瀝されたものだと思いますけれども、教育委員会制度はこれまでやはり教育委員会制度はこれまでやはり教育行政の中立性あるいは安定性を確保して各自治体において教育行政を適正に執行する上で大いに寄与をしていると考えております。
もちろん、その運用上いろんな問題がございます。それぞれの教育委員のあり方、あるいはそれが非常勤であること、あるいはその人たちの持っている情報量ないし意志決定についての見識の問題、そのようなことがございますけれども、我が省といたしましては、こういう教育委員会の果たすべき役割ということについて十分認識をし、かつまたそれが有効に機能するように、制度的な面での改善、あるいは教育委員会自体が活性化していくためのいろんな方途などについて改善を次々に重ねてまいってきておりまして、私はやはり今後とも教育委員会というものが地域に根差した特色ある教育行政を積極的に展開していくべく、その機能を十分に発揮してもらいたいと思っておりますし、またそういうふうなボードですね、そういうふうな機能を私どもとしてもこれを支えていく、そういう責務があろうかと考えております。
○西岡武夫君 この問題はまだ議論をいたしますと限りなくございますからまた別の機会にいたしますけれども、少なくとも義務教育という大事な問題について非常勤の機関が、非常勤の委員の皆さん方が最終責任を持つということは私は不可能だと思うんですね。これはぜひ大臣としてもご検討をいただきたい。改善をいう問題ではない、もう根本的な問題だというふうに私は思っております。
それから、次の問題ですが、あと、数分しかありませんけれども、国立大学の独立行政法人化の問題については、ずっとこれまでの資料をいろいろ拝見しておりますと、どうも独立行政法人化ありきというところから始まっているという感じを私は持っております。
この問題につきましては、あと二分ぐらいで話をするのは不可能でございますけれども、例えば学長が経営的な手腕を発揮するということが書かれてございます。ところが、学問的な権威を持った方が必ずしも経営的な感覚を持っておられる、そういう方もたまにはおられるかもしれませんけれども、これはなかなか言うべくして簡単なことではない。
そういうこと等々考えて、我が国のやはり基礎研究、学術の研究というのは非常に大事、これだけが唯一の資源と言ってもいいくらいのこういう国立大学のあり方について、こんな容易なと言うと大変言葉が過ぎるかもしれませんけれども、たまたま独立行政法人という構想が出てきて、それに乗っかっていって、果たして日本の学術基礎研究の将来がどうなるんだろうかと。
私は、昭和四十八年から五十一年にかけまして、日本に学術地図というものをつくって大学の設置についての基本的な下敷きにすべきであるということを提案したわけでございますけれども、微力にして今日に至っておりますけれども。
例えば、独立行政法人ということになりましたときに、一体国家公務員なのか、非国家公務員なのか、そこは、大臣、詰まっているんですか。
○国務大臣(遠山敦子君) 今の最後の点につきましては、目下非常に集中的な議論が行われておりまして、調査検討会議において二つの考え方がありということで、それを、すべての国立大学を同じようにするか、あるいはそれぞれの個々の大学がそれぞれの意思においてどちらの形態をとっていくのかなども含めて、目下最終的な詰めを行っている段階でございます。
○西岡武夫君 そういう基本的なところを全然決めないで、とにかく国立大学法人法を制定してできるだけ早期に移行するという方針を政府はお出しになっているようでございますけれども、もっと文部科学省として大学のあり方はどうあるべきなのかということを、独立行政法人に乗っかっていくという形ではなくて検討されるべきではないかと私は思うんです。
大臣、これに御賛成でしょうか。
○国務大臣(遠山敦子君) 私は、西岡委員の文部大臣としての御在籍の期間ないしいろんな機会を通じまして、委員が日本の大学教育なり大学研究なりに対しての強い希望、期待を持っておられて、そのお考えの基礎として非常によく考えられたいろんな御意見をお持ちということはよく存じ上げております。
ただ、今回の一連の流れは、ただ独立行政法人ないし国立大学法人ありきと、では急いでそれにということでは私はないと考えております。各国を見ましても、国立の大学というものは日本以外のところは法人化をされております。それによっていろんなメリットも出てくる。むしろ自由潤達に教育研究が行われていくというような面もあるわけでございます。
その意味で、私ども当然ながら、日本の大学の教育研究というものをどのようにして活性化し、そして本当に内実から出た真の教育への情熱あるいは独創的な研究への発想、そういったものを大事にしていくかということを常々考えている点では私どもは人後に落ちないわけでございますが、しかし、それらの上に立ってなおかつ大学改革いうものを進め、またその大学改革の目指すところ、いろいろな議論があった上で、もっと個性に輝く大学であるべし、あるいは国際競争力を持った日本の大学であってほしいといういろんな要素を勘案した上で、であるならば、やはり国立大学法人というその流れを活躍しながら、本格的な輝ける大学といいますか、国民の期待にこたえるような大学になっていってほしいと、そういう気持ちもございますし、大学人の多くは私どもの意図も十分受け取っていただいている、今そういう状況であろうかと考えております。
○西岡武夫君 もう時間が参りましたからこれで終わりますが、少なくとも私が個々の国立大学の教授、先生方にお尋ねいたしますと、表には意見として出てきておりませんけれども、大変な疑問を持っておられるというのが実態だと私は思います。ぜひ、冒頭に申し上げましたように、このことにつきましては十分な時間をとっていただいて、何か事柄がとんとんとんと進んでしまって、あれよあれよというふうになって、後世に大変な批判を受けるということのないようにしていただきたいということを委員長にも特にお願いを申し上げます。
終わります。
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