- 西岡武夫君 私は、文部科学大臣の所信を拝聴いたしまして、これに基づきまして文教科学省としての基本的な考え方についてお尋ねをいたしたいと思います。
初めに、大臣の所信でもございましたけれども、この知育、徳育、体育のほかに食育も重視しつつということが所信の中で述べられてありますが、この食育というのはどなたの発想で、どなたの造語なんでしょうか。
- 国務大臣(河村建夫君) 造語と申しますか、この食育というのは、私が正式な公的に近い文書で見ましたのは、九月二十二日、昨年九月二十二日に総理から指名を受けまして、組閣本部に参りました。その指示書の最初のところに、これまでの知育、徳育、知徳体育に加え、食育を重視した教育改革、特に食育を重視した人間力向上の教育改革に努められたしというのが第一項にございました。私は大臣として最初に記者会見でそのことを発表いたしました。これが公的になった第一だと思います。したがって、それ、だれがされたか、総理からいただいた指示書に公的にあったと、こういうことであります。
- 西岡武夫君 私は、文部科学省は日本の国語についてまず責任を持っている役所であると、こう思っています。したがって、最近の日本語の乱れといいましょうか、そうしたことを考えたときに、この食育という言葉が果たして適切な言葉なのか。これが言葉として、少なくとも、総理がおっしゃったのかお考えになったのか知りませんけれども、文部科学大臣の所信の表明の中で正式に文字として出てきて、これから、知徳体というふうに、大体、書を多分大臣が頼まれたりされるとお書きになることも多いんだと思いますけれども、その場合に大臣は知徳体食とお書きになるんですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 今回、食育も重視してと、こういうことになってきたわけでございますが、これまでの伝統的な知育、徳育、体育のバランスの取れたという表現は、これまでも、これからもそういう形で基本的には持ってまいりたいと思っておりまして、全く同列にという考え方ではございませんが、今回、人間力向上という観点に立てば、食育という非常に幅の広い考え方がございますので、教育の一環として重視していくと、こういう姿勢でまいりたいと、こう思っております。
なお、改めてこの食育という言葉が一方で出ましたのは、あのBSE問題に端を発して、日本の食の安全というところから、これは教育的にも非常に重要な観点であるという声がそういうサイドからも強く出ました。それから、民間の方からも、食べることの重要性については、それは民間の学者とか、あるいは食に関する専門学校とか、そういうところでは食育という使われ方をしていることは、その後こういう言葉を使いましたら、いろんな方から実はうちはもうこういうことは先にやっているんだというようなことで随分言われてきたことも事実でございます。
- 西岡武夫君 私がなぜこういうことを申し上げているかといいますと、やはり文部科学省としては、日本語を大事にしていくという観点からいいましても、所管の役所として、仮に総理大臣がそういうことを指示されたとしても、そういう言葉は必ずしも適切ではないということを忠告するというようなことも文部科学大臣としての役目ではないかと、こう私は考えます。
そうしませんと、先ほど来、有馬委員からも、いろいろ学校の名前とか片仮名が多いとか、いろんなお話があっておりましたけれども、そういう中で、急に食育って何だかよく訳の分からないことが出てきて、私は、こうしたことは体育という中に今大臣が言われたようなことは含まれて今日まで知徳体というふうに言われてきたんだと、私はそう思っているんです。その点についてはいかがですか。
- 国務大臣(河村建夫君) これまでの伝統的な考え方からいきますと、確かに学校給食は体育局、スポーツ・青年局、その所管に入っておりますから、そういう考え方に伝統的にのっとればそういうことになるであろう、私もそう思います。しかし、今回、やっぱり人間が生きる力を発揮するとか、健康の大事さとか、そういうことを考えたときに、やっぱり食べることの重要性というのは少し教育の中で力を入れていくべき課題ではないかと、こう思っておりまして、食育も重視したと、こうなっております。
食育という言葉は、私も、食育といいますと、学校給食を中心としたしつけ等、いろんなことがありますから、もうすぐ私はそのように取ったわけでございますが、広く皆さんお考えになったときに、西岡先生御指摘のような御指摘はあるということもこれは私の方も受け止めさせてはいただきますが、やっぱりその食べることの重要性を教育の中でもっと強めていこうという観点から、それから食べるということから発する、いわゆるそこまでに、食事を取るまでのいろんな過程、そういうことを学ぶとか、いろんな学びがあるものでありますから、これをこれから重視して広めるということは教育的観点からしても私は大切であると、こう受け止めて、この言葉を素直に受け取ったわけでございます。
- 西岡武夫君 この問題は私の、私の考えとして大臣に申し上げさせていただいたわけでありまして、多分小泉政権が終わればこの言葉は消えていくんだろうなと私は実は思っております。
ところで、今度の国会を通じまして一番文部科学省として重要な課題は、一体義務教育国庫負担制度というものがどうなるのかということが私は当面の最大の課題であろうと思います。もちろん、私が反対いたしました国立大学の独立行政法人化という問題についても、その後どういうふうになるのかと。午前中の有馬委員の御質問の中にもありましたように、現在の小泉政権の下での予算編成の方針からいたしますと、義務教育のみならず高等教育についても一般の予算と同じように削減の方向に向かう可能性は大であると、こう考えます。
そう考えますと、独立行政法人化になった場合に、その運営費についてどこまでこれが確保できるのかということは、有馬委員はさらっとお触れになっただけですけれども、これは深刻な問題として今後ございますので、引き続いてこれについても質問をしてまいりたいと、この国会を通じて、思っておりますけれども、今日特に中心的に大臣のお考えをお聞きしたいのは、この義務教育国庫負担制度というものが持っている意味、そして今回、非常に私、ちょっと言葉が適切でないかもしれませんが、文部科学省としては苦し紛れに総額裁量制というような言葉を、これもまた言葉としてどこから持ってこられたか知りませんけれども、こういうことで何とか切り抜けようとされているようですけれども、しかし小泉政権の今の向かっている方向は、どうもこの義務教育国庫負担制度そのものをなくしてしまうという方向のような気がしてなりません。
現に、ここでは大臣も、私、大臣にいろいろこうして御質問申し上げているわけですけれども、私は文部科学省の応援団のつもりで実は質問しているわけで、非常につらいんですね。大臣を責め立てるような質問になるのは非常につらいんですけれども、実際は所管の責任者ですから、総理が間違ったことを言ったときには、やはりそれは間違いだということをはっきりおっしゃるべきだと思うんです。
そういう点からしますと、今度の予算でも、一体、義務教育費国庫負担制度の中における根幹は守るというふうにおっしゃっているけれども、じゃ退職金というのはその給与の制度の中で全然付け足しのような制度だということになりますよね、あるいは児童手当というのは付け足しだと。根幹は守るけれどもこれはいいんだということで今度予算編成をされているわけですね。これについては大臣、どうお考えですか。
- 国務大臣(河村建夫君) この問題をどう考えていくかということでございます。
これまでもいろんな手当があったものを枝葉を切り落とすように落ちてきた、これは事実でございます。その中で様々なこれまでも議論をいただいて、このまま行ったらそのままずっと行くんではないかというお話がございました。私は、これは、根幹を守るというのは、この制度が持つ意味をきちっと守るということでなければいけない。
本当言うと、本当言うと、どこからお金が出ようときちっと先生の待遇がきちっとされればいいんです、これは。文部科学省が出そうと、そっち側、政策とかそういうのを抜きにして考えたら、それは給与費ですから、もらう方はきちっともらえればいい、これはどっちから出ようとというふうに国民はひょっとしたら思っているかもしれない。 しかし、今の義務教育の水準を守り、そして立派な教諭を確保していく、そして全国あまねく高い水準の教育を維持していこう、教育の機会均等を守っていこうという憲法の精神からきて、そして国と地方の役割分担がある。この役割分担を担保するのは何なのかというこの一つの在り方、これは学習指導要領もその中の一つだと思いますが、その裏付けとして人材確保法もある、これまたいろいろ議論があるかと思いますが。こういう観点からきたときに、私はこの給与の根幹であります本体を守るということは、この義務教育国庫負担制度、これを残すということによってこれが担保されると、こう思っておりまして、だから退職金や児童手当はどっちでもええんだということじゃありません。これもきちっと数字は担保してもらえる、担保するんだという前提に立って今回法案を出させていただいたわけでございまして、今日、実は衆議院で今日成立したところでございます。
ただ、一方、内閣の方針といいますか、これまでの方針として、地方に自由度をいかに高めるかということ、それから地方の教育行政に対する努力、地方の取組、そういうものをやっぱりしっかり受け止めるようにと、これは総理から私に言われたわけで、私もこの問題については総理と話し合いました。そして、この義務教育費国庫負担制度の意味というもの、それから人確法の意味というもの、そういうものも申し上げたわけであります。
知事の方は、しかし、さはさりながら、文部科学省はそう言うかもしれないけれども、地方、知事会は、いやこれを一般財源化してもらったら、いやもっとうまくやりますと言っておるよと、この声をやっぱり文部科学省もきちっと受け止めた上でと、またそれを聞いた上でこの問題については更に議論をしようと、こういうことになっておりまして、実は今、知事会ともこの問題について、文部科学省としてはこう考えると。しかし、やっぱり地方の自由度を増す、今までのやり方が、国立学校の準拠法に基づいた非常に細部にわたった給与の決め方もあった、それではなかなか加配も思うままに任せないというような意見、やっぱりこの自由度をやっぱり増しましょうと、既に地方ではそういう取組を今から正にされんとしております。
そして、国立学校準拠法がなくなるということは、正に地方自治法に基づいて、正に県で条例をもって教諭の給与も決めていただく方法を取らざるを得ない、取っていただく、こういうことになってまいりましたから、そのための自由度を増すための総額裁量制ということで、全体の財源は国が給与費の本体について確保しますから、あとについてはこれは二分の一の制度、御案内のとおりでありますが、あとの問題については是非地方でいろんな取組をしていただく、これについて文部科学省としてはしっかり応援をいたしましょうと、そういう仕組みをこれから作っていこうというのが総額裁量制というものでありまして、地方の自由度もこれによって今までよりは増すということ。
しかし、心配な、地方が心配する財源、これまでの義務教育国庫負担制度、いったん戻されたのがまた戻ってきた経緯、そういうことを考えてみても、やっぱり教育費は人件費ですから、大部分が。非常に、人件費ですから、そういう面じゃかなり高額になっていく。この財源を手当てするというのは地方にとっても大きな課題になってまいりますから、やっぱりそういうことならば、一般の交付税よりも財源が確保できて、そして地方の教育に取り組む自由度が増すということであれば、それはそれとして考える必要がある、またそれは評価すべきだという声が今知事会の中にも起きて、ほうはいとして今起きております。その流れができておりますから、これを踏まえてこの問題に私はきちっとした堅持する方向というものを文部科学省として打ち出さにゃいかぬ。
これは、御案内のように、十八年度までに検討すると、ここまで言われておることでありますから、検討するというところまではこれは閣議で決めてきておりますから、これを私は一切、就任したときにそんなものは知らないというわけにいきませんから、これを受け止めながら文部科学省としての方針をここできちっと打ち出して、十八年度までの結論の中にこの義務教育国庫負担制度を堅持させていただくという方針を位置付けてまいりたいと。
これまでの、今回の法案についても、衆議院の委員会におきましても叱咤激励のいろいろ御指摘をいただきました。今日、今既にもう西岡先生からもいただきつつあるわけでございます。これまでもそうでございましたが、これをしっかり踏まえてやってまいりたい、このように考えておるわけであります。
- 西岡武夫君 それではお尋ねしますが、義務教育国庫負担制度というのは、この二分の一を国が責任を持つということは、私の認識では最低水準、それが最低の水準であると、それ以上のことはそれぞれの地方自治体でいろいろと工夫をされて上積みされることは一向に構わないと、そういう制度だと私は認識しておりますが、どうでしょうか。
- 国務大臣(河村建夫君) これは、各地方自治体が財源をもっておやりになるということであれば、これはそういう意味では最低といいますか、標準と言ったらいいでしょうか、そういうものであって、地方自治体がいろいろ取組の中で自分のところの財源をもって更にやりたいとおっしゃることについては、私はそれは結構なことだと、こう思っております。
- 西岡武夫君 ですから私はおかしいと申し上げているんです。別に総額裁量制度なんということを殊更におっしゃらなくても、今まで最低は国が責任持ちましょうという制度だったわけですから。
そして、そもそもこの制度というのは、現在の法律そのものは昭和二十七年に国会で審議をされて成立をして、二十八年から正式にスタートしたわけですけれども、実は戦前、敗戦前ですね、戦争前でございますけれども、昭和十五年にこの制度は実は存在をしていたんです。これが、シャウプ勧告によって御承知の平衡交付金の制度が導入をされまして、それによって廃止されたわけです。これが昭和二十五年であります。それから、地方の責任で学校の先生の給与その他を全部賄うということになって、給与の遅配も起こったり、いろんなことが起こって混乱が起こった。これを何とかしなければいけないということで、いろいろと政府も相当の議論をされたようでございますけれども、当時の文部省は全額国庫補償をすべきであるという案を出したんです。それは御存じですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 当時の最初の案にはそうあったということは私も承知しております。
- 西岡武夫君 大臣は、本来そうあるべきだとお考えじゃありませんか。
- 国務大臣(河村建夫君) 本来、義務教育を国が責任を持つということであれば、それが本来の在り方だろうと思います。
ただ、教育は現場が実際に行っている。それで、国と地方の役割分担ということ、これを考えたとき二分の一というのは一つの私は考え方として許容範囲であろうと、こう思っておりますし、それは一つの知恵で、これによって地方の役割、国の役割というものがはっきりするといいますか、そういうふうに私は考えておるわけでございます。
- 西岡武夫君 いや、私がお尋ねしているのは、理念としてそうあるべきではないだろうか。いかがですか。
- 国務大臣(河村建夫君) その理念は前にも伺ったことはございますが、西岡先生おっしゃるように、義務教育はすべて国立でやるべきだと、こういうお考えにもなっていくものだろうと思います。
それは、私は一つの考え方としてそういうのはあると思います。恐らく、世界にはそういう形でやっている国もあると思います。日本は、今、地方分権という考え方も取り入れながら教育現場を重視するという考え方あって、教育については、義務教育段階については正に市町村立の形で実際に運営していただくという方針を取っておりますから、その過程において二分の一負担ということになったと思います。
私は、これは、やっぱり教育現場というのは正に住民に一番身近なそこにありますから、そこでやっていただく。しかし、全体の維持、水準を維持し、全体のそのための教員を確保するとかそういう基本的なインフラといいますか、そういうものを国がきちっと考えながら実際の運営を地方でやっていただくという現実がございます。また、これでこれまでやってきたわけでありますから、そういう意味で二分の一ずつ負担ということになっておるんだと、このように理解をしておるわけであります。
- 西岡武夫君 私は、小泉政権の下で文部科学大臣をなさっておられるということは非常に大変な御苦労なことだなというふうに御同情申し上げているわけでございますけれども。
私があえてこの義務教育国庫負担法の、現在の法律の成立した経緯を振り返っておりますのは、当時、文部省は全額国庫補償の制度を創設したかった。ところが、役所全体、政府としてなかなかそれが、もちろん大蔵省は大変だったでしょうし、当時のですね、なかなか政府としてまとまらなかった。そこで、現在の義務教育国庫負担法というのは議員立法なんです、これは。まとまらなかったから議員立法だったと思うんです。
それを考えますと、当時の文部省は全額国庫補償の制度を、実はシャウプ勧告でも、これは当時の占領軍の政策ですから有無を言わさずやらせられたと。しかし、その後の大混乱が起こった。そういう状況の中で全国一律の教育水準を維持するためにはこれがいけないという議論が起こって、文部省としては全額国庫補償の制度を作りたかった、しかし役所としてはそれは全部まとめることができなかった、政府としては。そこで議員立法になって、これが現在に至っているわけです。
その経緯を考えると、私が、あえて国の責任で行って、具体的な文部行政の、現場の個々の行政についてはもちろんそれは地方自治体も多くの責任を負ってもらうと、しかし、その費用については国が補償すると。これは正しいやり方じゃないかと思うんです、当時の文部省の考え方は。いかがですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 当時、あの大混乱の後ですから、これはやっぱり国が全責任を持たなきゃいけないと、そういうふうに思われたんだと思います。また、その考え方は、私は、当時の考え方として間違っていると私も思いません。それができればいろいろあれこれ言われずに今も済んだかもしれないなと思います。
思いますが、しかし、あのときのシャウプ勧告の考え方、正に地方自治を大事にしろという、そういう視点もあった。それを受け入れられて、議員の皆さん方もいろいろ知恵をお出しになって、恐らくいろんな議論がされたんだと思いますが、そういう形をお取りになってそれが今定着してきたということを考えれば、今、しかし、この二分の一、これを、この制度を崩すということになると、また昔へ戻る。正にあのシャウプ勧告から様々な議論があった。
この前、先般、先週、昨日ですか、衆議院でもいろんな議論をいただいた中で、あの当時の毎日新聞や朝日新聞の社説も見せていただきました。そうすると、正に今同じ議論がまた始まったのかと思うような議論、今も通じるような議論がそこに行われていることを私は知りまして、これはなかなか、私が考えた以上に、これは極めて大きな、教育にとって重大な課題であるということを認識をいたしたようなわけでございます。
- 西岡武夫君 そうしますと、大臣は、検討するということだから、大臣としても平成十八年度までに検討するということについては検討せざるを得ないけれども、義務教育費国庫負担のこの精神はきちっと守り、この制度は死守すると、そういうお考えですか。○国務大臣(河村建夫君) この根幹を死守する、根幹を守っていく、この覚悟でこれからのあらゆる対応をいたしてまいりたいと、このように思っております。
- 西岡武夫君 その根幹ですけれども、私ずっと拝見しておりますと、ここ数年の動きは、文部科学省、城が一つ落ち、また一つ落ちと、だんだん城が落とされていっている感じがするんですね。
そういう状況の中で、例えば、これは私自身で申し上げるのははばかられますけれども、学校教育の現場にやはり優れた人材を集まってもらわなきゃいけないということを考えて、人確法という法律を私は発案をし、皆さんの御努力でこれを成立させることができたんですけれども、これは事実上、今回のような小泉政権の下でのやり方では、国立大学はなくなりましたから、独立行政法人になりましたから、人確法という法律も、これは国立大学の国家公務員の給与をこうするんだということに基づいて、それに準じて地方の教職員の皆さん方の給与もと、そういう仕組みに作ったわけですね。たった四条の法律だったわけですけれども、今回、国家公務員の教職員が一人もいなくなった。そのことによって人確法というのが宙ぶらりんになってしまっているんですね。法律は残しましたよ。残しましたけれども、風前のともしびだと私は思うんですね。いかがですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 国立大学法人化に伴いまして、人確法、一部そこの部分は外して、しかし人確法が残っていることは事実でございます。
これはきちっとこれからもこの人確法を基にして、当然、地方においては県条例によって教員の給与をお決めになります。この人確法の精神を生かしていただいて決めていただく、これはもう遵守義務、遵守してもらわなきゃいけない課題だと、こう思っております。
ただ、御指摘のように経済財政諮問会議で、これはもう公開されていることでありますからごらんになれば分かるわけでありますが、経済財政諮問会議の議事録は公開されておりますが、財務大臣は、総額裁量制といえども人確法や標準法があればこれが的確にできるかどうか分からないと、人確法も外せと言わんばかりの発言をされていることも事実でありまして、そうした流れが一方ではあるということを我々は承知して取り組まなきゃいかぬと、こういうことだろうと思います。
- 西岡武夫君 私が人確法を発案をいたしまして立法化する過程で、私の本来やりたかったことは、当時非常に困難でしたけれども、学校の先生の給与については人事院勧告の対象から外して独立の給与体系にしたかったわけです。ところが、それこそ、その当時の日教組の皆さん方を中心として、特に参議院での議論は非常に活発でございまして、学校の先生の給与を引き上げるというこの法律を当時の日教組の皆さん方は、当時ですよ、毒まんじゅうと言われたんですよ。その後、毒まんじゅうが別の形ではやった言葉になりましたけれども、当時作られた言葉であります。それぐらいの中で、何でこんなにたたかれなきゃいけないのかなと思いながら私は一生懸命やりました。ところが、全部の役所は反対なんです、これには、学校の先生の給与だけを特別視するわけですから。ですから、ほかの特別の給与体系を作りたいというところまでは、微力にしてそこまで至らなかったんです。
そうしますと、あの法律そのもの、人確法という法律そのものは人事院というものの存在を正に無視する法律なんですね。したがって、人事院はその後、人事院勧告のたびにずっと溝を埋めてきて、人確法は事実上ほとんどその法律の立法したときの趣旨からは現在は既にほど遠いところにあるんです、既に。一時、私の記憶では、人確法が、四年掛かったんでございますけれども、実現するまでに。人確法に基づいて給与の引上げを行いまして、四年目に大体、学校、小学校の校長先生の給与と、県の部長クラスの給与よりちょっと上ぐらいまで行ったんです。ところが、その後、人事院勧告のたびにどんどんどんどん相対的にその溝が埋められてしまって、人材人確法というのは余りその存在の意味をなさなくなっているんです。
それをどうしようかなと思っているやさきにこういう状況になってきた。大臣、どう御認識でしょう。
- 国務大臣(河村建夫君) 人確法を法制化されるときに、大変、西岡先生を始め皆さん大変苦労されたこと、小説等でも聞いておりますが、毒まんじゅうでも毒をちゃんと抜けりゃ食べられないことはないということで応じたという話も聞いておりますが。
その精神、たしか私が聞いているだけでも、あの当時二五%ぐらい引上げがあったと聞いております。今、現実にはもう五%から四%台です、差は。ということは、もう理念法じゃないかということで、財務省側が言う、これがあるために高額が出ているという、それはうそだと。しかし、この理念法があって日本の教育水準は守られてきたんだということを今私も力説をしておるわけでございまして、そういうことからいいますと、やっぱりこの人確法があるということ、これはやっぱり外国から見ても大変なことでありまして、日本にこういう法律があるのかと。
日本の教育レベル、今日、それはいろいろ言われておりますけれども、日本の経済大国の道、これが人づくりにあったということ、この評価というのはやっぱりあるわけですね。これをやっぱり崩すということは、日本の正に伝統といいますか、正に教育文化、そういうものを崩していくことになる、私はこう思っておるわけでございまして、財務大臣の口から、元、個人名を挙げてはあれでありますが、今の財務大臣のお父さんは文部大臣をやられた方でありますから、分かっていて財務省の作文どおりお読みになったかどうか、それは知りません、本当にそう思って言われたのか、まだ確認しておりませんが。これは今から議論しなきゃいけないところでありますが、私は問題だと、こう受け止めておりまして、このこともきちっと、この理念を説きながら、この人確法とともに今の義務教育国庫負担制度というのがあって、人確法があって、そして優秀な教育、教員、人材が確保されているんだということは、これはきちっと論破していかなきゃいかぬ課題であると、このように思っています。
- 西岡武夫君 今申し上げたような経緯でございますから、この義務教育国庫負担法という制度が平成十八年度までにどういう方向になるのかということによっては、正に日本の教育の基本が私は大きく揺らぐと思うんですね。
今、大臣正におっしゃったように、人確法を作るときに、これはなかなか皆さんを説得するのは大変だと、世界じゅうでこういう法律を作っている国はないだろうかと思って私はでき得る限り調べてみたんです。どこにもありませんでした。ですから、説得する材料はなくてあの法律作ったわけでございますけれども。
人確法という名前も、何でああいう妙ちくりんといいますか、人材確保という法律の名前にしたかといえば、義務教育諸学校等の人材確保に関する法律と、そうしませんと文教委員会にかけられないで内閣委員会に行ってしまうと、給与だから、そうするとこれはつぶされると、そういうことで実は人確法という法律の名前も実は決まったわけであります。
そういうような経緯を経ておりますから、私としても、これは小泉政権は、実はスタートの時点で、米百俵ということをおっしゃってかなり国民の皆さん方の心をつかんでスタートをされた。その後、前遠山大臣、副大臣であられたからよくお分かりと思いますけれども、百俵どころか供出させられていますと。現に供出しているでしょう。どうですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 退職手当を一般財源化するということをもって供出と言われればそういう意味になるかなと、私が思い当たるとすればそう思いますが。
私も、総理には、米百俵の精神というのは、確かに前段は我慢することにあった、しかし後半は人材育成だと、したがって、小泉改革の起承転結は教育改革ですよということは折に触れて言っているわけでありまして、その責任が私にあると、こう思っておるわけであります。
- 西岡武夫君 私は文部科学省の応援団のつもりでございますから、これ以上大臣にいろいろ申し上げるのを、この問題については差し控えます。
ところで、この人確法の問題ともかかわるんですけれども、また義務教育国庫負担法とも深くかかわってまいりますけれども、今の学校の先生の資格ですね、教師の資格、これは現状でいいとお考えでしょうか。
と申しますのは、私は、国民の皆さん方、父兄のいわゆる学歴ですね、多くの方が大学を出ておられる。そういう状況の中における教育というのは大変だと思うんですね。そういうことを考えますと、教師としてのいわゆる力量というのは、その専門的な分野についての広い見識と蓄積されたもののほかに教育する力というのが必要だと、それを養っていく、育てていくためには父母と同じ学歴でいいのかなと。具体的には、修士の卒業が教師の資格であるべきなのではないだろうかと。そうしますと、かなり学部の段階で実習の時間が取れると。私は、副担任などの制度を設けて、これだけでも相当な、全く別の視点ですけれども、雇用になるなと実は計算していたんですけれども、これは昔の話です。
そういう学校の先生の資格という問題について、大臣はどうお考えでしょう。
- 国務大臣(河村建夫君) 実は私も、今、西岡先生おっしゃったことと同じような思いを抱いております。まだ公式に、文部科学省内部で公式に話したことはまだないのでありますから、これは私のまだ個人的な気持ちでございますが、教員免許の在り方も、今ある面では十万人近い方が教員免許に挑戦をされている、そのことが日本の教育全体を上げている面からいえばすばらしいことなんですが、その簡単に取れる教員免許です、今は。そして、文部科学省は、文部科学省はといいますか、各県が今採用しているんですけれども、そのときはまた改めて学力テストをやらなきゃいかぬという状況があります。私は、そういう面では教員免許を高度化するということはまず必要ではないかと思っておりますね。これをどういうふうに入れていくかという問題。
それに伴って、当然、先生今御指摘があったように、そうならば修士あるいは博士課程と、こういう問題が出てまいります。これは、これちょっと検討をしなきゃいけない課題になってきているなと、こう思っておりまして、前々からPTAの皆さんやいろんな懇談いたしますと、やっぱり二十二歳で社会経験も乏しい、その方々が教壇に立つ、先生と言われる、今度父兄と正に子供の教育について対等の話をしなきゃいけない、余りにも今の現状からいうと非常に寂しい思いがある、この形ですね。
この形は、やっぱり保護者の間からも、今ごろは何か、父兄と、こう言うと、これは父兄だけじゃなくて保護者、みんな女性も含めた、一緒に一体で言わなきゃいけないということになっておるそうで、今日はテレビがありませんが、全国で一回やりましたら、私のところへメールやら電話が殺到いたしましたので、今、先生も父兄とおっしゃいましたが、言い慣れた言葉でありますからつい我々も使っちゃうのでありますが、保護者、保護者、親という形で言わなきゃいけないそうでありますが。
そういう点で、私は、西岡先生の御指摘というのはこれからの、これからのというよりも真剣にやっぱり受け止めて、これを一つの課題として、どうあったらいいかということを考えなきゃいかぬと思いますね。昔の師範学校制度、今ももちろん教育大学とかいろいろあります。しかし、二十二歳、現役でいけば二十二歳でみんな免許を与えて、それで教壇に立っていっております。そのことを、そのものを、中にはそれはそれでちゃんとやるのもおるのかもしれませんが、現実、総じて国民の皆さんの気持ちはその辺にあります。
それから、父兄の方々も、保護者の方々も高学歴化の時代になってまいりました。ただ学歴だけで尊敬されるされないということはないでしょうけれども、しかし、やっぱりきちっと高い教育を受けてきて、信頼できると言われるだけのやっぱり教員としての体験を積んでいく、その中に私はこの余分、もし修士ということであれば二年プラスするわけで、この間にいろんな社会体験的なものを取り込まにゃいかぬと思いますね。そういうことで、私は、これは検討課題であると、こういうふうに考えております。
- 西岡武夫君 いつまでに結論出されますか。
- 国務大臣(河村建夫君) まず、私どもとしても内部でこの問題については私が提議をして、どういう課題があるのかということを詰めた上で、今文部科学省としては、こういう一つの教員資格に関する大きな課題でもございますので、中央教育審議会に諮問する課題であろうかなと、こう思っておりまして、今、実は中央教育審議会にいろんな課題を今諮問をいたしておるところでございますが、それも踏まえ、見極めながら、その方向付けといいますか、今私も、公式の場で西岡先生、今御提議ありましたから、それを公式の場で初めて受け止めた形になっておりますので、それをいつどういう形でやるかについてはもうちょっと私時間をいただけると有り難いと思っております。
- 西岡武夫君 今、大臣から中央教育審議会というお話がございましたけれども、私は、中央教育審議会の委員の皆様方が大変歴代それぞれ熱心に御議論いただいているということは私もよく承知をしております。ただ、私自身は、まず文部科学省がこの問題はこう考えるんだと、それについてどうだろうか、どうであろうかという形で諮問されるのが本当の姿だと思いますが、いかがでしょう。
- 国務大臣(河村建夫君) 私もそういうのが本来の在り方だと思いますね。まあしかし、なかなか、これは私が言うと差し障りがあるかもしれませんが、官僚機構といいますが、その仕組みというのはそういう意味ではなかなかうまくできておりまして、今まで中央教育審議会の答申を見ていると、大体文部科学省が考えていたとおりに大体なっているんじゃないかと。全く、文部科学省が考えているのと全く反対の答申が出てきたというのは聞いたことがありませんから、やっぱり文部科学省の中で一応検討して、どういう課題があるということを踏まえて諮問はするので、まるで丸投げ、どういう意見になるか分からないというようなことじゃなくて、やっぱりこういう問題がある、こういう問題があるということを踏まえてやってきたと思います。
そういう意味で文部科学省、もちろん文部科学省が最終的な責任を持つわけでありますから、そういう課題で、先生御指摘のように、まず私を中心にして、今文部科学省には副大臣二名、大臣政務官二名、計五名の政治家もいるわけであります。我々もきちっと議論をいたしますし、また官僚の諸君とも十分議論をして方針を出して諮問すべきであろうと、このように思います。
- 西岡武夫君 それでは、学校の先生の資格を修士過程、最低修士課程まで上げると、そういう改正を行うということを中教審にできるだけ早い機会に審議をしてもらう、これでよろしいですか。
- 国務大臣(河村建夫君) これは文部科学省の内部で検討をいたしたいと私も思いますが、修士課程にするのか、どういう形にするのか、これを、総合的な形になると思いますが、今の時点で、どの時点でいつどういう課題でやるかについては私はまだ明確に申し上げられませんけれども、方向としてはそういう課題をこれから考えていくときに来ておるということで、この問題について取り上げてみたいと、こう思っておるわけであります。
- 西岡武夫君 まだこの問題につきましてはいろいろと申し上げたいことございます。
中教審の問題については、今日、有馬委員からもいろいろな御指摘がたくさんあっておりましたけれども、私はたまたま、たまたまでございますけれども、坂田文部大臣の下で政務次官をやらせていただいたときに、森戸辰男先生が第三の教育改革と銘打って、中央教育審議会の会長森戸辰男ということで答申を出されたわけです。これがその全容でありますけれども、同じことをずっと議論しているんですね。幼保の問題もしかり、全部ここに書いてあるんです。ここ何十年間、私自身も含めて、何をやっていたんだなと、こう考えるんです。
しかも、教育は今やってあした答えが出る問題ではありませんから、やるべきことはできるでけ早く着手しないといけない、その御決意で是非お願いをいたしたいと思います。
そこで、今、中教審で御審議になっておられるようですけれども、教育委員会制度というのを大臣は、大臣としてはどうお考えですか、現行の。
- 国務大臣(河村建夫君) 今日、町村合併も進んでまいりまして、いわゆる地方自治体の体系も大きく変わりつつある中でございます。今、千人規模の村であろうと何十万の都市であろうと、みんな教育委員会があって、それぞれの役割を果たしておると思うわけでございますが、現実に形骸化しているというような、いろいろな御指摘もございます。それから、首長さんの中には、もう教育委員会要らないからおれに全部任せてくれと、こうおっしゃる方もいらっしゃる。知事さんの中に、おれを教育委員にしてくれとおっしゃる方も現れる、こういう現況下にございます。
しかし、教育の中立性をいかに担保するかという問題もございますし、また、首長と教育委員会の在り方がどうあったら適正なのかという問題も考えなきゃいけないときに来ておる、あるいは教育委員会がどこまで関与するのかという問題、あるいは文化、スポーツ、いろんな課題もございまして、そういうことを踏まえて、今のこの改革の時代に教育委員会もどう見直していったらいいかということを今諮問をさせていただいておるところでございまして、私自身としては、教育の中立性を担保する形としての教育委員会がやっぱり健全に機能することが望ましいと、こう思っております。
形骸化していると言われることはどういう点にあるのかと。それから、やっぱり教育はそれぞれ、今のこれだけの地方分権の時代において、その知事なり市長なり町長なり村長さんなりのやっぱりリーダーシップというものもやっぱり教育にも発揮されなきゃいかぬと、こういう課題もあるわけでございます。これは、やっぱり一方では、住民から選ばれ、選挙をして選ばれるという首長の政治的な立場もあるわけでございまして、そういう面でやっぱり教育の中立性ということもうたわれているわけでしょうから、そのバランスをどう取るかという課題もございますので、そういうことについて識者の皆さん方でどうお考えになるか。
私は、今の教育委員会制度の形骸化と言われる問題については、やっぱりこれは見直すべき課題だろうと思います。やっぱり教育委員に人を得なきゃならぬということもございますし、いろんな私は課題がそこにあると、こう思っておりますから、今日、諮問をしたわけでございまして、その答申を受けて、これからのこの時代に教育委員会はいかにあるべきかということを考えてその方向付けをしなきゃいかぬと、こう思っておるわけであります。
- 西岡武夫君 私がこの問題を申し上げたのは、義務教育というのは地方分権の対象かどうか、私は疑問に思っているわけです。憲法の精神からいいましても、現行憲法の精神からいいましても、地方分権ということは非常ににしきの御旗で、非常に言葉としてはいいんですけれども、そのためにどこに教育の責任が存在するのか分からなくなっている。この点、どうお考えでしょう。
- 国務大臣(河村建夫君) この憲法の精神からすれば、やっぱり義務教育は国の責任においてやるべき課題だと、私もそういう基本的な認識を持っております。しかし、現実に教育制度、教育制度を運営しているのは地方でございますから、それに実際の教育を今ゆだねておる部分がございます。
地方がやっぱりその地域に合わせて教育をやっていただくということでありますから、国は教育制度の枠組みを、これをきちっと設定をして、これを維持していく責任がありますし、学習指導要領等をもってこの基準といいますか、この基準を制定する、これをきちっと維持していただくということがありますし、また、義務教育国庫負担制度の下で地方公共団体に対しては正に財政支援をする、教育環境の整備を整える、その支援を国がきちっとしていくという仕組み、こういうことで地方の自治体に対しては正に指導、助言、援助を行うという立場がございます。
これによって教育の機会均等とそれから教育水準の維持ができると、こう考えておりまして、国はそういう責任を持っておるわけでありますが、しかし直接の実施部隊であります地方自治体、これがやっぱり、この役割分担がうまくいくということによって初めてこの教育の成果が上がると、こう思っておりますから、義務教育におけるそういう意味での国の役割ははっきり私はしておると、このように考えております。
- 西岡武夫君 そうしますと、最終的な義務教育の、いろいろな、いろんなことが起こっておりますけれども、残念なことがいろいろ起こっておりますが、最終的な責任はだれが負うんですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 最終と言われれば、これは義務教育段階における最終責任が文部科学省であり、これは文部科学大臣のところに起因すると、こういうふうに思います。
- 西岡武夫君 責任を負うということは、責任を果たせるという法律的仕組みというものがきちっとしていなければ責任は負えないと思いますけれども、いかがですか。
- 国務大臣(河村建夫君) これは、法的根拠、義務教育国庫負担制度にもその一端があるわけでございますし、広い意味では、広い意味といいますか、根幹的にはいわゆる教育費、義務教育費を無償とするというこの憲法、これをきちっと守っていかなきゃいかぬ、この責任があるわけですね。そういう意味で、法的根拠に基づいて義務教育について国が責任を負っていると、このように考えております。
- 西岡武夫君 時間がわずかになりましたので、全く違うことを最後に、大臣のお考えだけで結構でございますから、お尋ねをいたします。
私は、かねがね、いろいろな分野で一生懸命働いた方、それに尽くされた方が、最終的にそれぞれの分野において努力した者がきちっと報われると、こういう社会を作っていかなきゃいけないと、こう考えています。これについては、大臣、いかがですか。
- 国務大臣(河村建夫君) 私もそうあるべきであると、このように思っております。
- 西岡武夫君 これは非常に個人としては発言しづらい事柄でございますけれども、陸上競技連盟の会長は今どなたがなっておられますか。
- 国務大臣(河村建夫君) 河野洋平先生であると承知しております。
- 西岡武夫君 私は、高橋尚子選手が選ばれたとか選ばれないとかいうことは全く、その問題に関して申し上げているわけではなくて、私が申し上げたいのは、この種の陸上競技連盟とかそうしたようなところの最高の責任者を、国会議員がその責任を負っているということについてどうお考えですか。
- 国務大臣(河村建夫君) たしか、かつて陸連は河野謙三先生もおやりになったように覚えておりますが、各団体、今までいろいろ、各団体いろいろ判断をされて理事会でお決めになったことでしょうから、私はその判断にゆだねるといいますか、各団体でお決めになったことはそれでそれなりに各団体が責任を持っておやりになればいいんではないかと、こう思っています。
- 西岡武夫君 実は、私はこのことを取り上げますのはいきさつがございまして、今お話のございました河野謙三参議院議長が体協の会長に御就任になりましたそのときに、河野洋平さんと二人でお辞めになるべきであると、体育の分野の方が体協の会長になられるべきであって、参議院議長、私は議長だからお辞めになるべきだということよりも、国会議員がなるべきじゃないということを言いに行ったわけです。そのときは、参議院議長の応接室でございましたが、もう非常にお怒りになりまして、河野さんは黙っておられましたけれども、洋平さんは。そういう場面がありました。
私が文部大臣に就任をいたしましたときに、体協の会長については政治家がなるべきではないという方針を大臣として打ち出したわけであります。そういう経緯を踏まえて申し上げているわけです。いかがでしょうか。
- 国務大臣(河村建夫君) 西岡先生が先輩大臣として見識を発揮されて、体協といいますと体育全体にかかわりますから、そういう意味で、国の支援等もあります。そういう意味で、そういう見識をお出しになって、それが今踏襲されて民間から体協の会長が出ておられる。私はそれはそれで見識だと思いますし、地方自治体、地方におきましても、私も地方の体協に絡んでまいりましたが、会長については政治家はしないという考え方、これは地方にもきちっとしておると思います。
ただ、各競技については、私は卓球をやっておったものですから、推されて卓球協会長になりました。それぞれその競技をやっておった者がそれを分かっているからという形でなったりは全国たくさんあると思います。そういう意味で、全体の体協というのは私はそれでいいと思いますが、各競技種目についてまで私はそれが適用されるかどうかについては、これはもう各それぞれの競技会でお決めになればいいのではないかと、このように思います。
- 西岡武夫君 もうこれで終わりますが、私は、ともに、一時期大変な政治行動もともにした友人でありますから非常に言いづらいんですけれども、オリンピックの選手を決める陸上競技連盟の会長として衆議院議長が鎮座しているというのは非常に奇異な感じを受けたわけであります。
大臣の御感想を一言お願いをして、終わります。
- 国務大臣(河村建夫君) 私、河野洋平先生は、箱根駅伝等々にも絶えず顔をお見せになって、非常に陸上競技協会、陸上競技について造詣の深い方だと思っておりますから、先生が会長になられたと聞いたことについて適任だと思いました。その方が今衆議院議長になっておられるということであって、これはまあ衆議院議長と陸連とは結び付かない、そうそれを無理に結び付ける話では私はないんではないかと、こういうふうに私は思っているのであります。
- 西岡武夫君 終わります。