- 西岡武夫君 冒頭に、アスベストの問題につきまして御質問申し上げます。
実は私、年数が定かでないんですけれども、昭和40年代の後半から50年辺りにかけてアスベストの問題が初めて世界的に問題になりましたときに、当時、私はもちろん与党でございましたけれども、当時は、国公立、私立についてはそのときに手当てはした記憶はないんですけれども、少なくとも公立学校の施設整備費を使ってとにもかくにもアスベストの撤去をやるべきではないかということで当時の文部省と話をいたしましてその作業に入ったという記憶がございます。
私が特に記憶が鮮明なのは、アスベストが非常に毒性が強いということで、これを取り除く作業をする方の健康がどうなるのかなということも当時私は注意しなきゃいけない問題じゃないかということを文部省に申し上げたことが特に記憶に残っておりまして、この問題が今回非常に大きくクローズアップされてきまして、学校はあのときに取り組んでいたから大丈夫だ、良かったなと思っていたところ、数日前から、特に一か所だけが特に大きな問題になって、テレビにも報道されておりますけれども、東京都の北区の王子第五小学校のアスベストの撤去作業というのが大々的に報道されておりまして、これ一体何年に造られた学校なのかなというふうにまず疑問に思ったわけでございますが、突然質問いたしまして申し訳ないんですけれども、お分かりでしたらば年代を教えていただきたいと思います。
- 政府参考人(大島寛君)
今ご指摘の北区王子の学校についてでございますけれども、昭和41年から昭和46年にかけて建設された建物でございます。
- 西岡武夫君 それでは、私のこの記憶からいいましてもちょうどこの問題が起こるぎりぎりのところで建設されたということだからなるほどと思いましたけれども、しかし、その後、今申し上げたようなことでかなり早い時期に文部省、当時の文部省は取り組んだはずですし、私もそれは確認をしたわけでございますけれども、しかもその後、かなり遅れてですけれども、昭和62年になりましてから、正式にアスベスト対策として、国庫補助としては三分の一という国庫補助率ということで制度がスタートを正式にしています。
いろいろな文部省、当時の文部省の予算の使い方については私も事細かにかかわってきた経験がございますので、臨機応変に緊急の場合にはいろいろやるというようなことをやってきていただいたわけでございますけれども、一体どういうことでこれから調査しなければならないというような大問題として文部科学省として取り組まなければいけないというような状況になったのか。
当時のことをきちんとやっていれば、学校はほとんど、今の問題になっている北区の王子第五小学校を始めとして撤去されていると思うんですね。私の当時の記憶では、体育館とか音楽室ですか、そういうところが大体中心で若干使われているというようなことで、ということだけ記憶をしているんですけれども、今からまた何か調査されるということですけれども、その後全然ほったらかしてこられたということなんでしょうか。
- 政府参考人(大島寛君) 今、委員ご指摘のように、本格的に補助制度が設けられたのが昭和62年度、ご指摘のとおりでございます。その補助制度も活用しつつ、昭和62年、3年以降、積極的な支援の取り組みをやってきたという状況にございます。
しかしながら、一方で、昭和62年は一度調査をやりまして、当時の非常に毒性が強いと言われていた、危険性の高い三品目、三種類のものについて一度実態調査を行って、どの程度の影響があって、これはどのくらいの支援しないけないということの大勢をつかむために調査をして、これを基にして先生ご指摘の補助制度ができ上がったというのがその当時のまずスタートでございます。その後、しかしながら、いわゆる危険な品目というものがその後判明して、昭和63年には更に全部で23商品が判明したという状況なりまして、これらについても更に指導徹底を図って周知しながら、これについても取り組むように、それを求めてきたということがございます。その後、アスベストに関しては段階的な規制が、あるいはご承知かもしれませんけれども行われてきて、平成7年とうとう、次々と規制が来たという状況にございます。
で、翻って、先ほどの補助制度を活用して、公立学校等についての改善はどの程度進んだかといいますと、それについてはこれまで1千1校、これがそれを活用して改善をなされたと、こういう状況にございます。
その間、一方で自治体も、先ほどの北区のように、自ら自分の財源を使いながら改善を継続的にやってきたというようなこともございまして、それなりの取り組みが進められてきたというふうに理解しているわけでございますが、最終的に、じゃどの程度まで全部進捗しているかという状況については調査をしておりませんので、そこは把握してございません。近年の補助の申請の状況というのが極めて減少しているということから、相当程度済んだというものはつかんでおったわけですけれども、最終的な状況の把握はないということで、昨今の社会問題化した状況を踏まえて、ここできちんと全体の状況を把握して改めて全体、状況をとらえて対策を打ちたいと、このように考えているところでございます。
- 西岡武夫君 この問題はこれで終わりますけれども、私はその当時、とにかくアスベストは全部撤去をすべきだということで、私自身は当時の文部省の関係の方々には申し上げてこれを進めていただいていたと思っていたわけです。
で、これは当時は、今、白いアスベスト、茶色いアスベスト、青いアスベスト、青が一番毒性が高いというふうに言われているんですけれども、そういうことは少なくとも施設部等の皆さん方は御存じだったと思うんですけれども、ご存じじゃなかったんですか。
- 政府参考人(大島寛君) 先生ご指摘の件でございますが、まさしく青が一番危険で、次に茶で、白が比較的当時はまだ大丈夫だろうと言われていたというふうに、それは当時の段階の担当も承知はしていたと思います。
したがって、これはそれぞれ専門としている各省庁から規制が段階的に、先ほども申し上げたように強化されていったわけですけれども、白はそういう意味では規制が比較的後まで残っていたと、そういう状況のものでございました。
- 西岡武夫君 これは私も当時、そこまで専門的なことが分かっていれば良かったと思うんですけれども、反省をしますけれども、アスベストを全面的に撤去しているものとばかり思っていたわけです。結局、補助制度ですから、全額国庫負担という場合には当時の文部省の責任が問われるということになりますけれども、申請がなければ、ここをやれよって当時の文部省は言うわけにはいかなかったわけですね。
ですから、そこのところがこれからお話しすることに、質問することにかかわってくるわけでございますけれども、少なくとも未来を背負う子供たちの環境にこういう状況があるということは大変なことでございますから、改めてもう何十年たってまた言うのは私自身、じくじたる思いがあるんですけれども、早急に、短時間のうちに、少なくとも学校の施設についてはこれを撤去していくと、全面的に撤去するという方針で臨んでいただきたいと思います。
大臣、よろしいでしょうか。
- 国務大臣(中山成彬君) 今、西岡委員のお話を聞いておりまして、本当に長い間の問題だったなということが分かりますし、その間ずっとやはりフォローしておれば、少なくとも学校関係につきましてはこういった問題にならなかったんではないかなという反省があるわけですけれども、ご指摘のような補助制度の問題点もあるわけでございます。
しかし、何といいましても、学校というのは子供がそのほとんど、一日のほとんどを過ごすところでございますし、安心して学び生活できる場でなきゃいかぬということでございます。このように社会問題になっていることもございますし、今、地方の方も非常に関心を持って取り組んでおりますから、私たちもそれに対応してしっかりやっていかにゃいかぬと、このように考えております。