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オレンジ通信 1・2月合併号
第59・60号(通算521・522号) |
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平成十七年 新春のご挨拶
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| 新春のお慶びを申し上げます。 |
【日暮れて道遠し】
今日まで、私自身、政治信念を貫いてきたとは申せ、結果として、皆様方にご心配ばかりかけてまいりました。
申訳ない気持で一杯です。
その上、今日に至って、なお、最終の志を遂げることができず、そういう自分に対して、誠に忸怩たる思いでございます。
「日暮れて、道なお遠し」という、思いに駆られております。
しかし、なお、日本の現状、そして長崎の将来を考える時に、何とかしなければいけない、という気持ちで一杯です。次の世代、孫の時代の為に、いま何をなすべきなのか。その責任を重く受け止めている毎日です。
私が、皆様方に色々とご忠告を頂き、「武夫さん、その辺でやめとかんね」と言われながら、私の頑固を貫いてきたのには、理由があります。
【日々の背信の結末】
年配の皆様方はご記憶だと思いますが、このことは、前にもお話したことがございます。
テレビドラマが全盛期を迎える以前は、新聞の連載小説が、新聞の読者を獲得する為に大事な要素でした。
そんな時代、丹羽文雄という作家が、「日々の背信」という連載小説を書かれたことがございます。
その小説は、政治小説ではありませんでしたが、私は、 この「日々の背信」という言葉が政治を志し、政界に身を投じて以来、忘れられない言葉になりました。
毎日、毎日、政治的な自分の行動、これが国民の皆様方の期待に答えているのか。裏切っているのではないか。これを自らに問いただし、自分の初心を貫いていく。
その努力を、私自身は、してきたつもりです。
なぜ、私が「日々の背信」という言葉を特に申し上げたかと言いますと、「日々の背信」を重ねていって総理大臣になっても、何にもできないのが実態だからです。
これは、私が、歴代の総理大臣の施政に、間近で接してきた実感です。
現在の自民党長期政権の姿から、皆様方にもご理解頂けると思います。
私が初めて皆様方のお力によって当選をさせて頂いた時、小渕恵三さん、橋本龍太郎さん、塚田徹さん、そして西岡武夫の四人が、与野党を通じて二十代で当
選をした議員でした。塚田徹さんは当選三回目の選挙の時に失敗し、そのまま再起を果たせませんでした。小渕恵三さんは、竹下登元総理の愛弟子で、総理にな
りましたが、志、半ばにして病に倒れました。
橋本龍太郎さんも総理大臣になりました。
それでは、同期のこの二人の総理大臣は、なにを日本の将来のためにやったのか、やれたのか、と、いうことになると、残念ながら首を傾げます。
毎日、毎日の政治行動、毎回、毎回の当選の積み重ねの中で、自分の信念、考え方を一直線に貫いて総理大臣の座を射止めなければ、自分の信じたことを実行することは出来ないのです。
もちろん、総理大臣になるというだけが目的ではないわけで、総理になって何をするか。
私はこれまでの選挙を通じて、このことは、皆様方に幾たびも申し上げたことです。
西岡武夫は、「何になるかではなくて、何をするか。」と、いう姿勢を、今日まで、貫いてきたつもりです。
一方、現在の自民党長期政権の中で、「日々の背信」から遠い処にいて、筋を通すだけでは、政権を勝取ることは至難のことだ、ということも、また、現実です。
私の場合は、自らの不徳のいたすところ、昭和五十八年(1983年)の落選が、政権への望みを、遠いものにしてしまいました。
【日本は中国とどう付き合うのか】
いま問題なのは、敗戦以来六十年、日本が、置かれている状況が、極めて危険だ、ということにあります。
誤解されることを恐れず、あえて申し上げますと、日本がこのままで進んで行けば、二つの道が考えられます。
これは恐ろしい道です。
一つは、政策を誤れば、将来、中国の経済力の傘下に日本が組み込まれてしまう、という問題です。
中国は、共産党の一党支配の政権の下での資本主義、という奇妙な形態を取って、何とか十三億人を超える国民を統治しています。この十三億人という人口を
擁する国家が、急速な勢いで経済発展を遂げている、ということは、世界史の中でも例を見ない大変な出来事なのです。
その中に日本が飲み込まれてしまいかねない。
日本の先端企業も、大企業も、続々と、中国に生産拠点を建設しています。これが、日本経済の実情です。
これは、全国の地方の都市の、特に製造業の皆さん方の実態でもあると思います。
これには、もちろん、原因があります。
日本は、人口がどんどん減っていっていく、という状況の中で、必要とする労働力がなかなか確保出来ない。
中国と比較すれば高賃金でもある。
そういう点では、企業が生き残る為に、中国に進出せざるを得ない。これはわかります。
しかし、その為に日本の企業、経済の空洞化が起こってしまう。これは極めて深刻な状況です。
そこまでなら、まだ、対策のための時間がありますが、もしも、中国の経済が、何らかの原因で危ない、ということになった時に、日本経済が受ける打撃は計り知れないものがあります。
現在の自民党政権は、そういうことは全然考えていない、としか思えないのです。
対中国に対する政策に、確固たる基本方針が全くないのです。
相手が、中国共産党の一党支配の政権だ、ということを忘れてはいけないのです。
中国に日本企業が進出する場合には、日本の政府が責任を持って支えていかなければ、取り返しがつかない事になる、と私は思っております。
【日米関係はこのままでいいのか】
一方、もう一つの心配は、小泉政権になって顕著になった、日米関係についての懸念です。
私は、中国との間の友好を、もっともっと深めていかなければいけないという考え方で一貫してきました。
もちろん、アメリカとの関係を、ないがしろにしてはいけない、ということも事実であります。
アメリカと、決定的に対立することがあってはなりません。
しかし、アメリカに対し、はっきりと、言うべき事は言って、譲ることと、譲らないことを明確にしなければいけないのです。
日本は、現在の自民党の政策を転換しなければ、日本が、米国の五十一番目の州になってしまわないとは限らない。
将来、そういうことになってしまうかもしれない、と、私は恐れているのです。
これは、決して荒唐無稽な話ではないのです。
実は、この話は、憲政の神様といわれた、あの尾崎行雄先生が、日本が戦争に敗れた時に、こういうことを言っておられるんです。
「いっそのこと、日本は、この際アメリカの一つの州になってしまおう。そして、将来、日本人は勤勉なんだから、日本人が頑張って、アメリカの大統領になればいいじゃないか。」そういうことを言われたという歴史があります。
これは、むしろ前向きの大胆な尾崎咢堂翁の日本民族の世界戦略論でした。私は、反対ですが。
しかし、現在、起こっている現象は、成り行きの上で、そういう方向に、ひたひた、と、歩みつつあるのです。
それが問題なのです。
私は、池田勇人総理大臣以来、今日まで、歴代の総理大臣をずっと見てまいりました。
何らかの理由で、明らかに、アメリカの逆鱗に触れて、結果として、総理大臣を辞めるということになった総理が、私が知る限りでも、二人はおられます。
お一人は、田中角栄元総理です。
田中角栄総理には、私ども当時の若手議員が、膝を交えて、話すという、そういう雰囲気がありました。
最近は、どうもそうではなさそうですが。
田中角栄という人物は、私にとって、非常に興味ある政治家でした。
個人的にも、度々話しました。
また、第一次石油ショックの時、経済政策について、海部俊樹、小渕恵三、藤波孝生、加藤六月、森喜朗、西岡武夫等、当時の若手でまとめた政策を、私が、田中総理に説明、提言したこともありました。
田中角栄元総理の、あのロッキード問題は、アメリカからの情報を発端として、拡大していったことは、明らかです。
その背景には、アメリカを抜きにして、頭ごしに中国との国交を回復した、という事情がありました。
これがアメリカの逆鱗に触れた。
そして、田中政権は崩壊した。
このことは、事実だ、と、私は、思っています。
もちろん、このことと、ロッキード事件が、国民の政治不信を招いた責任の重さとは、別の問題です。
もうお一人の例は、具体的には省略しますが、アメリカとの関係で、政権維持が困難になり、政権を投げ出した事実は、確かに存在しました。
これが、残念ながら、日本の現状なんです。
これらの現状を何とかしなければ、日本は、中国経済の傘下に置かれるか、アメリカの五十一番目の州になってしまう。そういう運命を辿りかねないのです。
このことが、いま、日本がおかれている状況の全体像として、私が思っている憂慮すべき事態なのです。
それでは、日本は、どうすればいいのか。
まず、中国の問題については、中国との関係はもっと積極的に、政府と向こうの中国共産党、中国の政府と政府が積極的に話して色々の問題をぶっつけ合って解決をしていくという事に全力を上げるべきだと思うんです。 尖閣列島の問題もしかりです。
難しい問題を棚上げにしてはいけないのです。
韓国との関係もそうです。
竹島の問題をどうするのか、誰も触れようとしない。
尖閣列島の問題どうするのか。どの政権も、これらの問題に真正面から取り組もうとしない。
これは、やはり政権が取り組まないとだめなんです。
そういう意味で、今の自民党政権は日本の将来をどうするのかという事を決めていないのではないか。
このことは、今行われている憲法改正の論議とも無関係ではないのです。
日本がどういう国家を目指すのか、その国家像というものを明確に議論しないままに、今私が申し上げたようなことも含めたことを明確にして、その考え方に基づいた憲法を作るべきなのです。
私は皆様方ご承知のとおりに、憲法改正という表現を使ってきませんでした。
新しい憲法を作るべきなんです。
新しい筆で、新しい憲法を作るべきである。
第九条のことも、もちろん大きい問題点です。
また、環境権というような問題も新しく取り上げるべきでしょう。その他にも色々とあります。
しかし、その前に国家像を明確にすべきではないか。
【首相公選論について】
いまは、政界では声が小さくなってますけれども、何か起こると、首相公選論が出てきます。
首相公選論。
この首相公選論というのは、実は、言葉の誤魔化しであって、日本の国家体制を大統領制にするという話なのです。
首相公選というのは、国民の皆様方の受けが結構いいのです。自分達の総理大臣を自分達が直接選ぶということですから。
ところが、その場合、天皇制をどう考えるのか。
天皇制の下で大統領制というのはあり得ない。
首相公選という言葉は、天皇の問題があるから、実は首相公選という言葉でごまかしている。
敗戦後、首相公選を初めて言われたのは、若き頃の中曽根康弘さんだったんですけれども、それを受け継いだような形で、山崎拓さん等が、盛んにそれを今まで言ってきたわけです。
私はこれに対して、
「天皇制どうするんだ。天皇制を検討仕直し、そして大統領を国民全体が選んで、その大統領が元首になる。それを、あなた(山崎拓さん)が言うのならば、議
論の対象になるだろう。しかし、そこのところをぼやかして、首相公選という言葉でごまかすのは、これはよくない。」と、私は述べました。
これは、山崎拓さんと、文芸春秋という月間雑誌で対談をしたので、この記録は残っています。
私は、天皇の存在を前提とする限り、日本という国には、大統領制は馴染まない、という立場です。それは、日本が共和国ではないからであります。日本のあ
るべき姿としては、議会制民主主義も、実は色々と問題が多いんですが、現状では、大統領制は選択しない、と、いうのが私の考えです。
【日米関係の基本問題】
アメリカとの関係では、何が一番問題になるのか。
それは、日本人全体が、本当に自分の国を自分の手で守るという決意があるのか、ないのか。
このことを明確にすることが、先決です。
そこを曖昧にしたままでは、問題は解決しないのです。
そこに、アメリカとの関係がダラダラと、占領下のままの状況がずっと続いて、尾を引っ張ってきている原因があるのです。
その具体的な問題が集団的自衛権の問題です。
集団的自衛権は、憲法を改正しなくても、時の政府が、日本は集団的自衛権を行使する、と、こう宣言すれば、私は今の憲法下でも解決する、と考えています。
そういうことを一つ一つ明確にすべきです。
【小泉政権、この大いなる幻想】
私は、小泉政権が誕生した当初から、厳しく批判してきました。
支持率が一番高い時は、九十二%でした。ですから、ある友人は、「武夫さん、それはあんまり言わないほうがよかばい」そう言われた時もございました。
今は、さすがに小泉さんを批判しても、そういうご注意はありません。
小泉さんという人が、なぜあんなにでたらめなこと言えるかというと、先述の「日々の背信」の逆なんです。
彼は総理になるまで、何もやってこなかったのです。 郵政民営化という主張を、郵政大臣として言った、それで注目されました。
私が政治改革を進めるということで、海部内閣のもとで総務会長をして、そして政治改革の問題を強引に押し通そうとした時に、これに対抗することで、山崎
拓氏と加藤紘一氏と小泉純一郎氏、この三人でYKKグループが結成されました。その時に初めて小泉さんという名前が出てきた。
それまで小泉さんは、党の仕事も何にもやっていない。何にもやってないから、何でも言えるわけです。
しかし、全部トンチンカンです。
マスコミにも問題があります。
小泉政権が、いかにも改革をする、という錯覚を国民に植え付けていったのですから。
改革という言葉は、一つの魔力を持っていまして、改革ということを言えば、言ってるだけで、なにか本当に改革するような気になっちゃう。ところが、実態は、チョコチョコと、いじろうとしているだけなんです。
民間でやれることは民間に、これは正しいと思います。 ところが、政府がやるべきこと、あるいは地方自治体がやるべきことが、明確に示されてはいないのです。
政府、中央官庁の責任は、これとこれである。後は民間にお任せする。こういう手順でなければ、民営化の議論というのは全部インチキになってしまうのです。
現在、市町村長と議員の皆さんが、市町村合併の問題で大変苦労されておられると思います。
この合併の問題も、確かに効率化ということを考えれば、合併は大事ですけれども、先ほど述べたように、いったいどういう、国家像を考えてるのか。
これが全くないまま、経済的な理屈だけで、合併を進めてきているという弊害が出てきているはずです。
合併を進めて、効率化をして、行政サービスを良くしていく、効率化していくんだということまではいいんですけれども、その先が示されていないのです。
日本の国を道州制にするのかしないのか。
県単位の行政は廃止して、市町村単位の今の行政を大きくまとめて、その集合体として、例えば九州を一つの単位にする。
このように、将来のビジョンをはっきりした上での、市町村の合併ということであるならば、私はいいと思いますけれども、そういう青写真は全く示されていないのです。
【国民投票制度の導入について】
私は、道州制を導入して、市町村の合併も、もっと本格的に行って、その是非も、住民投票を積極的に導入して、決めたらいい、と考えます。投票権も満十八才からにすべきです。
住民投票というのは、私は昭和五十一年頃でございますが、国民投票制の導入について、その内容と手続きを、具体的に提案したことがあります。
昨年から国民投票制度が色々と議論されておりますが、これは、憲法を改正する手続きに限られています。
私は、間接民主主義には限界がある、と常々思っています。
これを補完するという意味で、国民投票制度を、憲法の問題だけではなくて、国家の重大な意思決定についても適用し、国民の真を問うことにする。
そういう制度を作るべきだということを、今日まで一貫して主張してきました。
【混迷する教育政策】
私は、超党派の、自民党も含めた教育基本法を改めようという会の最高顧問に、森喜朗前総理と共に就任しています。
しかし、政府が出したといわれる原案を見て、びっくりしたんです。皆さんも、一月の中旬頃、新聞でご覧になったかと思いますが、とんでもない内容なのです。
それは、義務教育の年限を自由化する、というものでした。
小泉政権ならやりかねませんが、これは大きな間違いです。
義務教育について年齢のところの括りを自由化するということをやったら、いったい義務教育はどうなってしまうのか。
高等教育について、年齢制限を外すということなら、それはやるべきです。
現行の学校教育法では、十八歳にならないと大学を受ける資格がないのです。
これは、改めるべきだ、と、私は長年主張してきました。
ところが、逆に、今度の政府が取りまとめた、とされる教育基本法の改正案は、義務教育について年齢のところの枠を取っ払うと言っているんです。
そうなったら、どういうことになるのか。
長崎県内でも、それも市町村単位で、小学校の年限がバラバラになってしまったらどうなるのか。
迂闊に転居も転勤も出来なくなってしまう。
こんな内容が、堂々と書き込まれているわけです。
小泉首相は、政策全般に亘って、基本的なことは、何も真剣に考えていない、としか、私には思えないのです。
そうして、それが罷り通ってるのです。
【郵政民営化論の不思議】
一月の中旬でしたか、経団連の奥田碩会長が、年頭の記者会見で、小泉総理をどう思うか、との記者の質問に答えて、「まあ信長でしょうね。」と述べていました。
信長は、怒ってると思います。とんでもない発言です。 小泉政権は、奥田碩会長にとって、よほど都合のいい政権なのでしょう。
小泉さんは国政全般に亘って、なにも考えてないとしか、私は思えません。
今までやってきた事は、竹中平蔵氏という、一人の学者に全てを委ねて、そうして、政策では、一つだけこだわっているのは郵政民営化という自分が言い出した事柄であります。
ところが、その郵政の民営化には、色々問題があるのです。
わが長崎県の対馬市の例を挙げれば、韓国と海を隔て、指呼の間にある国境に鰐浦という地区があります。
北海道から、鰐浦までハガキを投函して、50円で届けられる。たとえ、一通でも届けられる。
これは、国民の通信についての義務を国家が果たすんだという点では、民営化すべきではないんです。
民営化ということは、利益を追求することであり、不採算分野の切り捨て(離島・山間地域の郵便配達は非採算部門の筈です)は、企業として当然の方向です。
それでは、郵貯と簡保はどうなのか。小泉首相は、民営化の意義に、まず、郵貯・簡保の資金350兆円を民間で使うことにより、日本経済の活性化が図られる、と説明します。
ところが、その350兆円は、ほとんど国債や地方債を買い、自治体への貸付金となり、財政投融資の資金として、公共財に投資されているのです。
民間に流す資金は存在しないのです。
もし、民営化され、手持ちの国債などを売って、資金を手元に回収すれば、国債は暴落し、国債管理政策は、完全に破綻するでしょう。
それをいったいどうしようとするのか。
このように、真相が、全然説明がなされてないまま郵政民営化が、小泉政権の命綱である、といって進められようとしているのです。
これに対して、マスコミの姿勢は、いったいどうなっているのか。
これは、郵政民営化の問題ではありませんが、つい最近、中川昭一経済産業大臣と安倍晋三幹事長代理がNHKの放送に介入したということが報道されました。
これは、おそらく本当のことでしょう。
NHKは、皆様方ご承知のように、国民の受信料で成り立っていますから、国会でNHKの予算は認めるということを決議しなければ、NHKは成り立たないのです。
政権与党がNHKに対して圧力をかければ、NHKもそれには屈せざるを得ない。
こういうことを、陰に陽に、自民党は、やっているわけです。
それでは、民間放送はどうなのか。
民放も、国民の共有財産である電波を使ってる訳ですから、本当は、不祥事が起こった場合は、事柄によっては、電波の割り当てを取り上げられることもあり得る。
電波は、国民のもので、免許制なのですから。
いざとなれば、やるぞと、それを仄めかすことは、可能でしょう。
【奇妙な意志決定の構造】
奥田碩経団連会長は、いまなお、小泉首相を信長だ、と公言されるぐらい評価しているのですから、小泉政権を強力に支持しておられます。
その奥田碩経団連会長の出身母体である会社は、いったい、昨年何をやったのか。本人も責任を取らないし、マスコミも、誰も、追求しない。
それは、国家試験である自動車の整備士の資格試験についての不祥事です。その試験問題を自分の関係の子会社に流したのです。
事柄は、国民の生命の安全に係わる問題なのです。
常識では、最高責任者が責任を取るべき不祥事です。
小泉政権は、閣内にあっては、竹中平蔵、閣外にあっては、経済財政諮問会議と称して、奥田碩経団連会長の他、わずかの人数の経済人等が集まって、小泉政権の政策を事実上決定しているのです。
与党自民党が、正式に決定しなくても、そこで決定して、閣議決定するのですから。
自民党の諸君も、本当は、この現状には、頭にきているはずなんですけれども、そういう声が、一向に大きくならないのが不思議です。
マスコミ報道にも問題があります。
新聞の場合は、大体、収入の六割は、広告です。
テレビに至っては、民放の場合、全額広告ですから。
経済界が、マスコミをコントロールしようと思えば、今の小泉首相と奥田碩経団連会長との関係では、失礼ながら、有り得ないことではないでしょう。
こうした日本の状況は、亡国の前兆です。
これも、長期政権が、もたらした弊害だ、と、考えます。
【民主党の緊急課題】
しかし、それにしても、今の民主党になかなか政権を渡せないのではないか、と、国民の多くの方々が、お感じだと思います。
私は、集団自衛権の問題、教育問題、年金・医療・介護の問題、地方分権の問題等、そうして、国のありようの集大成としての、「憲法」について、民主党は
何を考えてるのかということを、早急に、はっきりさせなければ、国民の皆様方が、「政権を選択出来ないではないか」と、考えておられるように思えます。
このまま、与党も野党も、惰性に任せていれば、日本は、大変な事態になる、と、私は、危惧しています。
そうした中で、先ほどから申し上げてるように、日本の経済は、中国をはじめ、東南アジアに、企業が出て行っている。
そして、今度は、適応する労働力が足りない、と称して、外国人の雇用を、受け入れる方向に、どんどん進んでいます。
これでは、日本の国は、いったいどうなるのか。
最近聞いた話ですが、私立の幼稚園経営者の方が、これから、日本は、少子化する一方だから、幼稚園経営も困難になる。東南アジアで幼稚園をやったほうがいいのではないか。そういう話さえ、冗談ではなくて、出ているのです。
こうした多くの課題を、何とかしなければいけないと思いますし、その為には、民主党が、何としても政権を獲得することが先決です。
しかし、政権を手にしてからが、実は大変なのです。
もう一回、政界再編をやらなければ、駄目です。
自民党内にも、民主党内にも、多種多様な考え方が入り乱れているのが実情です。
それを、全部、もう一度、理念と政策を軸に、再編する必要があるのです。
ところが、自民党内からは、政権の座にいるかぎり、そういう声は、なかなか出て来ないのです。
従って、民主党が政権を取って、次にやることは、政界再編です。
そこまでは、何としてもやりたい。と、思っています。
【私の現状認識】
冒頭に申し上げましたが、当分、選挙はないだろう、と言われてますけれども、私は、そんなに生易しいものではないと思っています。
一月二十一日から始まって、六月まで続く通常国会が終わるまでの間に、大きな動きが必ずどっかで出てくる。
また、出てこなければ日本は、無気力な国家になってしまいます。
今、自民党の中には、だんだんエネルギーが無くなってます。
そういう意味では、日本は、非常に危険な状態なのです。
明治維新の坂本竜馬も、相手がいなかったらば、一人では、なにも出来なかったでしょう。
勝海舟や西郷隆盛や高杉晋作とか、多彩な人物がいて、その関係で坂本竜馬が存在しえたわけですから。
そういう意味で、今、自民党の中に、誰がいるかな、と、一人、一人、ずっと、私は、考えているんです。
同憂の人物は、おられる筈です。
しかし、現状に甘んじてか、なかなか顔が見えないのも事実です。
けれども、それではすまされない、というのが、縷々申し上げた、日本の現状であり、私の認識です。
西岡武夫は、最初に申し上げたように「日暮れて、道なお遠し」です。
しかし、生涯を賭けた政治への決着を、どのように、つけるか、皆様方の期待に応えられるか、その着地点を模索して、この一年、頑張って参りたいと思っております。
皆様の変わらぬご支援、ご鞭撻、お力添えを賜りますように心からお願いを申し上げまして、新春にあたってのご挨拶と致します。(了)。 |
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