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オレンジ通信 11月号

                          第69号(通算531号)

崩壊!!「 政 党 政 治 」 (その四) 
9.11総選挙の顛末

    (二十)、衆院解散は突発か、必然なのか。
 
 今年の五月の連休明けに、ある議員から、当面の政局につい
て、意見を求められました。
 その時、私は、「小泉純一郎氏は、今国会中に何らかの形で
衆議院解散に打って出る、と、思う。」と、述べました。
特に具体的な根拠があってのことではありませんでした。
 五月の段階で、郵政民営化法案が、与党内の反対で廃案にな
る、と、私が予測していた訳ではありません。
 私がそう考えた理由は簡単でした。
来年の九月に、自民党総裁の任期満了で、退陣を公言している、
あの小泉純一郎首相が、その間、何事もせずに辞めていくとは
到底考えられなかったのです。
 もちろん、郵政民営化法案が、五票差とはいえ衆議院を通過
したのに、参院で、否決されたからといって、衆院解散という
必然性はありません。
 しかし、政治の戦いの場である国会を考えれば、私も、あの
時点では、小泉純一郎氏と同じことをしたでしょう。
もっとも、私は、郵政民営化法案には反対でしたから、あり得
ないことですが。

 この政局観で、まず、民主党は誤ったのでした。
 その上、解散必至という状況になって、衆院で通過し、参院
で否決されたことによって、衆院を解散するのは、おかしい、
という泣き言にも似た話が飛交う最中、こともあろうに、民主
党執行部は、衆院に「内閣不信任案」を提出したのです。
このことによって、民主党が、小泉純一郎首相に、衆院解散の
大義名分を提供したことになりました。
 時が経って、歴史的には、平成十七年八月八日の衆院解散は、
民主党が提出した内閣不信任案を受けて、小泉純一郎首相は、
衆院を解散した、という事実が残ることになりました。

  (二十一)、民主党惨敗の原因と罪

 私は、ある理由で、現在、民主党執行部から距離をおいてい
ます。その立場と共に、政治改革(小選挙区制導入)から二大
政党による議会政治の再生を目指したため、党内で入れられる
ところとならず、自民党を去り、今日に至っている私としては、
政治の現状に対して複雑な心境です。
 民主党と自由党の合併によって、政権に手の届くところまで
きていた状況を一変させてしまった民主党の「罪」は、極めて
大きく、支持して頂く国民の皆さんに申し訳ない気持ちで一杯
です。

 九月十一日の総選挙における民主党の惨敗の原因は、明確で
す。
 古くから、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負け
なし」という言葉がありますが、今回の勝敗は、その典型でし
た。
 自民党にとっては、「不思議な勝ち」であった証拠に、純粋
比例名簿に登載した関東ブロック候補者数(通常は当選予測数
を大きく上回って候補者名を届けておくのです)を超えて当選
者数が出たため、候補者が無くなり、その分が社民党に割り当
てられる、という珍事まで起きたのですから。

 一方、民主党執行部は、郵政民営化法案を国会で反対しなが
ら、小泉純一郎首相が、郵政民営化の賛否だけを問うて、選挙
を仕掛けたのに対し、選挙戦に入った直後、驚くべきことに、
「民主党の郵政民営化案」を打ち出したのです。
 その瞬間、小泉劇場に翻弄される前に、民主党は自ら「惨敗」
を選択したのでした。
 まさに、「負けに不思議な負けなし」でした。

 こうして、衆議院において、与党が三分の二の議席を獲得し
たことによって、小泉純一郎首相の一人舞台となり、日本の議
会政治は、昭和十五年の「大政翼賛会」的方向へ歩み始めた観
すらあります。(未完)