本文へジャンプ

HOME

オレンジ通信 3月号

                            第85号(通算547号)
安倍政権と小泉政治の呪縛(中)

  日米軍事関係の変貌
 私が、「このままでは、日本が危ない」と指摘する理由は、次の各点です。

 その第一は、小泉政権下で、日本は、米国の属国化への道を引返すことが困難な状況に入り込んでしまった、という点です。
 米国は、日本を拠点とするアジア・太平洋地域の広範囲な軍事再編成を決定しましたが、小泉政権は、国会に対する説明も議論も行わないまま、これに合意しました。
 日本は、これまで、国の防衛、すなわち、自国の国民の生命を守り、その領土と国民の財産を保全する、という国家の基本的な役割について、明快で、具体的な方針を持たなかったことは事実です。
 日本は、日米安保条約という世界史的にも例がないであろう片務条約(米国は日本の安全が脅かされる状況下で軍事力を行使するが、日本が米国に対する脅威に対して軍事力を行使することはない)に国の安全を委ねてきました。
 この状況は半世紀の長きに亘り、国民の多くがこれに慣れ、それをいいことに、政府も政党も政治家も真正面から論じ、取組むことを怠ってきたのです。
こうした土壌の上に、小泉政権は前述の米軍再編に合意したのです。
 しかし、小泉政権のこの決定は、これまでの米軍への基地提供とは大きく異なり、日本の自衛隊と基地が、米国の軍事戦略に組込まれることになる内容を含んでいます。

      集団的自衛権について  

 前記の日米の軍事関係は、賛否は別として、国民の誰もが薄々感じているのではないか、と思われます。
ただ、見て見ぬ振りをしているにすぎないのではないか。こうした状況を背景に、与党も、野党も、国会において本質の論議を避け、実態だけが着々と進んでいるのです。
 政府が、集団的自衛権について、何時までも明快な憲法解釈を示さないのは、「集団的」どころか「米軍下の自衛隊」への実態を進めているから・・・・とさえ思えてくるのです。
 この点で、民主党が、日本の安全保障政策に真正面から取り組み、方針を明示することによって、自民党と公明党の連立政権に変わって政権担当の資格を持つことが出来るのです。
 私は、日米安全保障条約を見直すまでもなく、集団的自衛権の行使は、アジアの現状から当然のこと、と考えています。
一番大切なことは、日本の安全は、日本自身が守る、という基本を踏まえた上での日米安全保障条約でなければならない、と私は考えます。 

      金融ビックバンの実像

 日本における金融システム改革の第一段階の機会は、小泉政権下ではなく、小泉政権発足の五年前にあったのです。
 それは、十年の年月を経て、なお、記憶に新しい平成八年(1996年)の住専国会と名付けられた国会における新進党(当時、私が国会対策委員長)の反対を自民党が押し切ったことに端を発していました。
 当時、国会の大混乱の後、両党間で合意し、異例のこととして予算書総則に、私が案文を作り、「住専予算は制度を整備したうえで措置する」という文言を書き加えました。
 その趣旨は、「金融機関全体の不良債権の処理について新しい制度をつくるという意味で、税金を使わない場合もある」というものでした。
 ところが、予算が成立するや、政府は約束を反故にして、直ちに六八五〇億円の税金を投入し、大型農協の金融危機を超法規的な徳政令もどきのやり方で処理し、誰も責任を問われないまま幕を引いたのでした。
 こうして、結局、借金は国民が肩代わりをしたのです。
 このことが、仇となり、金融機関全体の不良債権問題は、原理原則を明確にしないまま、数年間放置されることになったのでした。
 住専国会の収拾にあたって、私が指摘した「金融機関全体の不良債権処理の枠組み」づくりは、大幅に遅れ、事態はより深刻になったのでした。

      遅れた金融危機への対応

 小泉政権は、こうした状況の下で誕生しました。
 ところが、小泉首相にとっての政策課題は、不良債権の処理でもなく、本筋としての金融ビックバンでもなく、郵政民営化だけでした。
 これが、小泉政権の第二の問題点です。 

 郵政民営化の矛盾と問題点は、今後、明らかになってきますが、それは別途述べることにして、ここでは、自民党政権のルールなき恣意的で不可解な不良債権処理の方式と、無原則な金融政策を具体的に取り上げます。

 政府は、金融改革の三本柱として、
自由化。公正化。国際化。を掲げながら、理念と実態が乖離していることは明らかでした。
 自由化を柱とするならば、あくまでも自己責任を中心に据えるべきです。ならば、金融庁が内閣府に置かれるのは矛盾です。私の考えは、政府内に監督官庁を設置しないで、金融機関の指導監督は日本銀行に任せる、というものです。
 しかし、現に行われている金融行政は、旧大蔵省銀行局時代より金融機関に対してより強権的です。
 自民党政権下の金融行政が、恣意的で公正さに欠けたものであった典型的な例が、日本長期信用銀行への対応にみられます。
 自民党政権は、一九九八年十月二十三日に金融再生法を施行し、同じ日に、日本長期信用銀行を破綻処理し、一時国有化しました。ここに至るまでの経緯は複雑で説明は省略しますが、この間、不可思議なことが行われたことは事実です。
その上で、何故か、米国のリップルウッド・ホールディング社を中心とする国際投資組合(NLP)に僅か十億円ののれん代で売却したことになります。
 二〇〇〇年二月に政府は、返却不要の八千億円もの巨額な資金を、国民の税金を使って投入し、これには、ご丁寧に、譲渡後、NLPが引き取った優良債権(当時の価格で一兆四九二〇億円)が不良債権に転落した場合には、日本政府がこれを補填するという「瑕疵担保条項」まで付けていたのです。(最大で合計四兆円余りの公的資金の投入を予測)
米国資本を中心とするLNPは、こうして誕生させた新生銀行を証券市場に上場し、その株式を売却して二三〇〇億円の利益を得ています。 

いかなる理由で、こうした摩訶不思議な金融行政が白昼堂々と行われたのか、今日なお疑問が残っています。
当時の金融不安の中で、わが国の金融機関やその他の企業には、長銀を買い取ろうとする意欲などなかった、とされていますが、以上の好条件に誰も手を挙げようとしなかった、という説明には無理があります。
 なぜ、このようにしてまで日本長期信用銀行を精算しないで、国費を注ぎ込まなければならなかったのか。
その上、破格の条件で売却した先が、なぜ米国を中心とする資本だったのか。
 未だに解明されていない自民党政権の深い闇の部分としか云いようがないのです。

(続く)