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ご紹介いただきました、西岡武夫でございます。
本日は、皆様方、本当におめでとうございます。
本日を迎えることができましたのは、長崎大学歴代の学長の皆様方、また、医学部長の皆様方、附属病院長の歴代の皆様方、そして、教職員の多くの方々のご努力の結果でございまして、心から敬意を表し、お慶びを申し上げる次第でございます。
現在、我が国の医学教育と医療の現場は大きな変化を迎えております。
どちらかと申しますと、制度あるいは私ども政治の場に身を置く者自身が、反省をしなければなりません。政治が行うべき制度の整備、これが学問の進展に追いついていないのではないかと、反省をしているところでございます。
今、多くの問題が、特に医療の現場において起こっております。
例えば、医師不足の問題も、もっともっと、今論じられていること以上に奥深い所に原因があるのではないか。そして、一つの原因ではなくて、多くの要因が重なって今日の状態を招いている。このように私は考えております。
その一つの例を挙げますと、これまで色々問題があると言われておりました、医学部における医局のあり方、これをなんとかしなければならないということで、色々な改革が行われましたけれども、医師の研修医制度について、私どもはもう一度、原点に帰って考え直さなければいけない。これをやりませんと、私は、医師不足は解消しないと、このように考えております。
そして今後、長崎大学医学部が果たすべき役割は、大きく申し上げて二つあると思います。
一つは、中国と東南アジアの医学教育についての、あるいは医療についての大きな拠点になるということであります。
もう一点は、離島、過疎地を抱えております長崎県の場合に、長崎大学医学部の皆様方が、どのように対応されるか。
全国の模範となるような制度を皆さんの努力によって築いていくということも大きな目標であろうと思います。
そして、医学教育全体の視点から申し上げますと、たまたま私が文部大臣の時代に、ヒトゲノムの解析という問題を手掛けるかどうかという決定を迫られるという立場に立たされました。
ちょうど十九年前でございますが、当時、我が国のゲノムの研究は世界的にも遅れをとっておりました。なんとかしてこれに追いつかなければいけない。しかし、一方で、静かに考えますと、これはある意味ではパンドラの箱でもあると。
果たして、いいのかなと思いつつ、しかしながら世界全体が取り組んでいる分野ですから、日本が考えているうちに、遅れをとってしまうのはいけないと、自問自答し、決断をいたしました。
その後、ご承知のような成果を日本においても挙げてきているところでございます。
また、一方において、近年の分子生物学の目覚しい発展という事を考えますと医学との関係について、どのようにこれを調和させていくのか。どのような関係をもっていくのか。
これまた、我が国が、今日おかれております、医学の研究と医療現場のあり方についての大きな問題点であろうと思います。
今申し上げた事は問題点の一端でしかございません。
長崎大学がこの150年という医学部の歴史を背景にして、その力を結集されまして、今後、益々発展されますことを心からお祈りを申し上げましてお慶びの言葉といたします。
本日は、おめでとうございます。
【式典での挨拶を若干、手直しいたしました。】
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